町外れの廃工場。 壁は所どころ腐食し、穴が空いている。 西日が木漏れ日のように射し込むその屋内で、セーラー服に身を包む二人の少女が向かい合っていた。 その一方は、まるで目まぐるしく踊る猫の如く、全身で身振り手振りをしながら何かを伝えているようだ。 それより背丈の高いもう一方は、眉間に皺を寄せながら黙ってそれを見ている。 巫女猫「ハァ…ハァ……と、いった感じっす!春樹の姐さん!!」 息を整えて直立し、左手を挙手して敬礼する少女。 春樹「ごくろうさん、巫女猫。あと、敬礼は右手な。」 巫女猫「あぁっ!ハイ!!」 春樹「ハァ……しっかしまた、厄介なことになってやがんなァおい。」 深いため息と共に、春樹は破けたソファに腰を下ろす。 テーブルに置かれた瓶から慣れた指つきで摘まみ上げた角砂糖を口へ運び、そして目を伏せた。 いつも通り、情報が「ごった煮」と化している巫女猫の報告を、頭の中で整理し始めるためだ。 灯星町。 彼女たちの縄張りであるこの町で、ここひと月、5件の連続怪死事件が起こっていた。 遺体はいずれも、まるで一度溶かして固め直したかのような、摩耗した肉塊の姿で発見されたという。 最後の事件はつい3日前のこと。川縁に浮かんだその遺体もまた他の4件同様に損傷が激しく、未だに身元が分かっていないのだが、ちょうどその日から彼女らの仲間の一人が自宅に帰っておらず、音信不通なのだ。 春樹は巫女猫の説明を回想する。 -------------------------------- 巫女猫「パン屋の角を曲がってシュッと行ったとこにある小洒落たクレープ屋で聞いた話によると、その事件の前後から怪しい男だか女だか分からないシュッとした白衣の奴がウロチョロしてるのを見かけるようになったそうで、あっ!そういえばこのクレープ屋マジでパないんすよ!チョコとアイスのハーモニーがトロ甘なうえにそれを包み込む生地がもぉーとにかくモッチモチしてて…」 春樹「……。」 巫女猫「床屋の隣でたこ焼き屋の水玉ハチマキのオヤジが、あの人もうすぐ3歳になる娘の写メ撮りまくってて自慢してくるんすけどね?そのオッサンも例のオッサンだかオバサンだかを見たらしくって、でも見た目は若かったとか。そいでこのときウチの足元を野良猫が追いかけっこで通り過ぎて…」 春樹「……。」 -------------------------------- 回想終了。 要約すると、「商店街に出没する白衣の中性的な若者が怪しい」ということのようだった。 春樹は、はたと目を開いた。 巫女猫「どうします?姐さん。」 目前の巫女猫が首を傾げながら、柴犬のようにくりくりした眼で春樹の顔を覗き込む。 春樹はその頭に手を伸ばし、クシャクシャと撫でてやった。 巫女猫「んにゃ…へへへ…」 役には立たないがたいへん可愛くてにやける。 しかし、それは周りから見ると悪巧みの邪笑のようにしか見えない。 春樹「ふん。縄張り好き勝手に荒らされて、仲間までやられてんだ。黙ってるわけにゃいかねぇだろ。」 巫女猫「さすが姐さん、そういうと思ってました!もちろんウチも手伝うっすよ〜!」 巫女猫はぴょんと身軽に跳ねて宙返り、着地と共に決めポーズをとる。 春樹も頷きながら、膝を叩いて立ち上がった。 春樹「二手に分かれるぞ。怪しい奴がいたら、すぐにあたいに連絡するんだ。分かったかい?」 巫女猫「かしこまりっす!怪しい奴がいたら、すぐに姐さんに連絡するっす!」 言うが早いか、巫女猫は夕日に向かって風を纏い駆け出した。 春樹「さぁて…長い夜になりそうだなァ……」 丈の長いスカートのポケットに両手をぐいと突っ込んで、肩で風を切って歩き出す。