噺家引退




あなた(不問):落語家。
弟子(あなた):基本的にはあなた役が1人2役でどうぞ。





あなた:(ゆっくりスーッと息を吸ってから)今朝は落語を引退するという極上の悪夢にうなされておりました、味醂屋亭☆☆(あなたの名前)でございます。いやはや、夢で本当に良うございました。

あなた:恥と外聞というものは何処に捨てたものか…皆さまも一度はそんな風に悩まれたことがあるのではないでしょうか。「恥」とは文字通り、まぁ「恥ずかしいと思う心模様」とでも言いましょうか。「外聞」とは「世間様の評判、噂」などといった意味合いのものでございまして、「どうせ恥ずかしいことに変わりないのだから、いっそうつむいて恥じらって見せることが外聞をよくするコツだ」なんていうのは私のかつての師匠の金言(きんげん)でございましたが。あたしはどうも恥ずかしいのは苦手でございます。

あなた:しかし最近は滅法便利極まる世の中になりましたね。ああ、これは今朝方の夢の中の話になるんですが、落語から身を引いてしばらく塞ぎ込んでいたあたしに、弟子がひとつ面白い話を持ってくるんです。

- 回想 -

弟子:「お師匠ーっ!」

あなた:「……」

弟子:「……お師匠?」

あなた:「……(ため息)」

弟子:「お師匠おおおおお」

あなた:「うるっせぇな聴こえてるよ!!」

弟子:「おおうおおうおおう、お師匠おおうおうおおうおう〜♪」

あなた:「なんなんだお前は…なんだそれは…」

弟子:「へい、お師匠の霊を降ろすための演舞です!」

あなた:「死んでねえ!死んでねぇんだまだ!よくなぁ『死んだ魚から移植したような目ェしてますね』とは言われるけど」

弟子:「おおうおおうおおう〜」

あなた:「止まれ!止まれ!!」

弟子:「やや、おはようございますお師匠。」

あなた:「朝から酔っ払いみたいな奴だねお前は。」

弟子:「へぇ!お師匠が静かな分、おいらがいっぱい騒いでおきますので!おうおうおおう」

あなた:「やめやめ!分かった分かった!ああもう、お前のような弟子を持ってちゃ、落ち込んでも居られんね。」

弟子:「うん、それがいいですよお師匠。今日はいい天気ですから、きっと寄席にもたくさんお客さん来ますよ。」

あなた:「ああそうかもなぁ。まぁ俺にゃもう関係ないことだけどな。」

弟子:「えぇー?まだそんなこと言ってんですか。」

あなた:「まだとはなんだ、まだとは。俺はもう引退したの。ご隠居になるの。」

弟子:「お師匠がミトコウモンにご縁があるのはテレビとお便所だけですよ。」

あなた:「テレビは誰だってそうだろうが、なんでぇお便所って。」

弟子:「へぇ、ですから、実と、肛も」

あなた:「朝から汚ェ話をするな、この馬鹿たれい!…あとそっちも誰だってそうだろがい。」

弟子:「ねぇ、お師匠。隠居も引退もまだまだ必要ありませんって。」

あなた:「気休めを言うんじゃねぇ。俺はもう時代遅れなんだよ。今になって思えば、AIに人間の仕事を任せるようになったのがいけなかったんだなぁ。今や何から何までAI様だ。金という概念がなくなって貧富の差はなくなったし、普通に生きるのに、てんで苦労はしなくなった。ところが芸能はどうだ。音楽、絵画、演技、映像、持て囃される作品はぜんぶAIが作ったものばかり。人間の表現は品質と物量で到底勝てなくなっちまった。俺が引っ張ってきたと思ってた落語でさえだ。お前もどうせ心のなかでは俺のことを笑ってたんだろうよ、なぁ?って寝とるがな!!!」

弟子:「あ、終わりました?」

あなた:「ああ終わった終わった、もうええわい。とにかく寄席にはひとりで行ってこい。落語のうまいアンドロイドに勉強になってこい。」

弟子:「お師匠も行きましょうよ、お師匠の声を聴きたがってるお客さんいらっしゃいますから。」

あなた:「俺は引退したんだよ。常連たちの前でちゃんと筋を通して、最期の一本をやらせて頂きやすと言って、やり遂げてきたんだ。もうニュースだって出た。今更どの面下げて行くんだよ。」

弟子:「でもお師匠だって行きたいでしょう。」

あなた:「……あ?」

弟子:「だってお師匠、お喋り好きじゃないですか。」

あなた:「………」

弟子:「お師匠、おいらにはお見通しです。おいら噺家としてはまだまだですが、お師匠のことならよく分かります。お師匠は、またあの大好きなヒノキの香りの舞台でスーッと息を吸って、常連さんと目を合わせてニヤッと笑いながら、友達に笑い話をするように落語をやりたいんです。」

あなた:「……そうだな。そうかもしれんな。でも何度でも言うが俺は引退したんだ。不義理に手のひら返して、恥じらいを墓まで持っていけるほど無神経じゃねぇさ。」

弟子:「なるほど、つまり恥ずかしくなければいいんですね?」

あなた:「恥ずかしくないことがあるかい、まだボケとらんわい。」

弟子:「お師匠、チップ付けてますよね?」

あなた:「ああ、付けとるね。生命管理のために全人類付ける事になったんだから、お前にも付いてるだろう。」

弟子:「ええ、そのチップ。お国のAIと繋がってますでしょ?」

あなた:「そうだねぇ。生命反応がなくなった時に迅速に対応を…まどろっこしいな、勿体振らずに要点を言いなさい要点を。」

弟子:「お国に申請すれば、自分に関する情報をひとつだけ、全人類の記憶から抹消できるそうです。」

あなた:「マジで!!?」

弟子:「マジです。」

あなた:「マジで!!」

弟子:「マジです。」

あなた:「……嘘だーぁ。」

弟子:「マジです。」

あなた:「お前、ちょっ、ふふ、お前、そんなじゃなかったじゃんお前、おおうおおう言ってた奴どこ行ったんだよ。」

弟子:「お師匠。」

あなた:「分かった分かった、すまない、いや、そうかぁ〜!時代もそこまで来たかぁ〜!……え、ごめんもっかい言ってくれる?」

弟子:「マジです。」

あなた:「違うその前。」

弟子:「マジです。」

あなた:「あぁぁそうだけど違う!!もうちょい長いやつ!!」

弟子:「お国に申請すれば、自分に関する情報をひとつだけ、全人類の記憶から抹消できる。」

あなた:「それ!!」

弟子:「マジです。」

あなた:「マジかぁ…え、それは申請するだけでいいのかい。」

弟子:「あ、いえ、」

あなた:「え、どうやって?申請してからどれくらいで消してくれるんだい?え、料金とか、掛かったりするのかい?」

弟子:「めちゃくちゃ興味津々じゃないですか。」

あなた:「馬鹿野郎お前、そりゃお前…へへ…もっと早く言えよお前…」

弟子:「お師匠すごい喋るからタイミングが難しくって。」

あなた:「ああ、すまんすまん…」

弟子:「チップから電気信号で人間の脳波に刺激を与えるとかなんとかで、うまいこと申請した情報だけ消すらしいですよ。申請してからきっかり3時間で消してくれるらしいです。」

あなた:「ほう、3時間とな。して、料金は…」

弟子:「料金?」

あなた:「ほれ、事務手数料とか…」

弟子:「金という概念はなくなったんじゃ…」

あなた:「ああそうだった、下手に設定を盛ると覚えてられなくていけねぇや。」

弟子:「設定?」

あなた:「気にせんでいい!気にせんでいい!じゃあ申請を出せば、俺は引退しなかったことになるんだな?」

弟子:「そうですね。おいらも忘れちゃいます。」

あなた:「そりゃあいい。申請はどこに出せばいい?」

弟子:「お師匠のことだからそう言うと思って、1時間前においらが出しておきましたよ。」

あなた:「おお、そうかそうか!お前は本当によくできた弟子だ、ありがとう、ありがとう。」

弟子:「どういたしまして。ささ、早く支度して寄席に行きましょう。これからもずっと傍で勉強させてください。」

- 回想終了 -

あなた:…とまぁ、ここまでが、あくまでも「夢の」お話でございます。さてそこから今で丁度3時間と、相、成り、まし、た、と。

あなた:外聞に関しては皆さまの記憶から抹消するよう申請を出しておきましたので、あたしは堂々とまた皆様に仕様もないことを、ああだこうだ、つべだのこべだのと実を垂れ流し続けるわけでございます。どこの口からとは言いませんがね。ああ、なんでもありません。気にせんでください独り言ですから。さ、今日の御囃を始めるとしましょうか。

あなた:おっと着信だ。ちょいと失礼して…あぁはいはいもしもし、第33回「面の皮の分厚さ選手権大会」優勝の味醂屋亭☆☆(あなたの名前)でござい…ああ、これはどうも…へぇ…はぁ…えぇ!?恥と外聞を消すところを間違えて、あたしに関する記憶を全国民から消しただって!?

あなた:おいおい冗談じゃない、通りでさっきからウケが取れねぇと…なに?「それはお前の話が面白くないから」って放っとけ!お前、失敬な奴だねぇ、まったく!!次の寄席までには戻してくれるんだろうね?はい、はい、じゃあよろしく。

あなた:……あ、どうも皆様、これはこれは初めまして、味醂屋亭☆☆(あなたの名前)でございます。(深々と頭を下げる。)









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