水平線上のエクリプス

イラスト:もみじ。

※注意※
 女性同士の恋愛(いわゆる百合)の表現が含まれます。
 R指定はありませんが、キッスはあります。ご了承ください。

★悪魔の囁き★
 性転換で♂2のBLもアリだよ?作者的にはアリだよ?



戸橋 亜美 (とばし あみ・15歳・♀)
  高校1年。椛の後輩。頑張り屋。悩みを抱え込むタイプ。ふだんは冷静で大人しい。
  ふとした瞬間スイッチが入って感情的になってしまうことも。

天堂 椛 (てんどう もみじ・16歳・♀)
  高校2年。何かの委員の亜美の先輩。男子からも女子からもモテる。明るい。お調子者。
  言動がいちいち馬鹿っぽいが、いろんな意味で頭脳はオトナ。


↓配役表↓/♀2



- 学校 中庭 -

亜美:……あの、天堂先輩?

椛:ん、なに?

亜美:いえ、あの……なんでここに?

椛:お昼ごはんを食べに。

亜美:ええ、それは分かるんですけど……先輩いつも学食じゃないですか。

椛:今日はなんとなく、ここで食べたい気分だったんだよね。
  ほら、サンドイッチ買ってきたし。

亜美:いつも一緒に食べてるクラスのご友人たちはどうしたんです?

椛:戸橋ちゃん、あたしのことよく見てるねぇ。

亜美:ぐ、偶然たまたま見かけただけで…!!

椛:戸橋ちゃんは、あたしとごはんは嫌かな?お?

亜美:いえ、別にそういうわけじゃ……

椛:今日は戸橋ちゃんと一緒に食べたかったから、抜けてきちゃったんだ〜。

亜美:私と…ですか?

椛:うん。戸橋ちゃんと。
  同じ委員会の先輩後輩なのに、放課後忙しくてなかなかお話できなかったじゃない?

亜美:えぇ、まぁたしかに……

椛:そりゃもう、あたしとしてはですよ?
  可愛い可愛い後輩ちゃんができたというのに、
  お構いできないままに1ヶ月という歳月が過ぎ去ってしまったというのは、
  非常に悔やまれ惜しまれる案件なんですよ。
  そうして失った日々を早急に取り戻さねばならぬ状況の中、
  いわばこれは遅れてやってきたデートイベントと言って過言でしょうか!

亜美:過言ですね!?
   ただの昼食がデートに昇格はさすがにおこがましさの極みでは!?

椛:おっ、ツッコミのキレがすごい。

亜美:アハハ……無駄に体力使うのでツッコませないでください……

椛:まぁ、そういう冗談は置いといてさ。
  いろいろ他愛ない話に花咲かせたかったわけですよ。

亜美:う〜ん……今はあんまり、楽しい話し相手にはなれないと思いますよ?

椛:まぁまぁ、いつもみたく無理して明るく楽しい戸橋ちゃん演じなくていいからさぁ。

亜美:……えっ?

椛:あれ?違った?

亜美:いっ、いえ、そうじゃなくて……気づいてたんですね……?

椛:おやまぁ、もしかしなくとも先輩のことを見くびっていたね?

亜美:すみません…残念な天才って噂をよく聞くもので……

椛:えっ待ってその噂ホント?

亜美:フフ…冗談ですよ。冗談返しです。

椛:お〜……いいねぇ。戸橋ちゃん、そのはにかむ感じで笑うほうが自然でいいよ。

亜美:な、なに言ってるんですか……

椛:照れんでよいよい。

亜美:照れてませんから。

【数分後】

椛:……やっぱり大変?うちの委員のお仕事。

亜美:いえ、そんな……

椛:ん?

亜美:……じゃないですね。
   正直、大変です。

椛:よろしい。

亜美:まだ入って間もないからかも知れないですけど……
   何だか空回りばかりしてるような気がして、なかなかうまくいかなくて。

椛:まぁねぇ…どうしてもこの時期は忙しいから。

亜美:先輩はすごいです。
   あんなにたくさんの人の前で堂々とお話できるし、仕事だって早いし。
   私も、先輩みたいにできたらって……でも、ぜんぜん駄目でした。
   足を引っ張ってばかりで……笑顔だって、作るの下手で……

椛:戸橋ちゃん……そんなことないよ?

亜美:……す、すみません。
   こんな、お昼ごはんの時にネガティブなことばかり……

椛:よしよし……

亜美:なっ、あっ……!?

椛:戸橋ちゃんは頑張ってるよ。
  あたしは見てた。戸橋ちゃんは、すごく頑張ってた。

亜美:あっ…あ……

椛:……んん?

亜美:あっ、あのっ……私っ、
   次の授業のず、準備があるんで……お先に失礼します!

椛:えっ、あと30分以上あるんだけどー!?……行っちゃったー。
  というか戸橋ちゃん、あたしにそんな反応しちゃうんだねぇ……
  これはもしや、思ってた以上に愛しがいのある後輩ちゃんなのではっ!?



- 学校 廊下 -

亜美:……天堂先輩?

椛:ん?なぁに?

亜美:先輩、学校内でけっこう有名人だって自覚あります?

椛:うん、あるよ〜。
  成績いいし、見た目も整ってるし、人当たりもよくて、けっこうモテるからね!

亜美:その自覚ありすぎるとこホント残念ですよね。

椛:聞いといてそれ〜!?

亜美:まぁいいんですけど……
   そんな雲の上の人が急に一年の教室に現れて、
   私みたいな隅っこ生徒を呼び出ししないでください!
   あまつさえ、その……

椛:どうしたのさ、亜美ちゃん。恥ずかしいの?

亜美:……っ、だから、下の名前で呼ぶのやめてくださいってば!
   私の名前なんて…うちのクラスで知ってる人の方が少ないのに、
   天堂先輩みたいな有名人から名前呼びされてるとか、
   もはや違和感の塊でしかないですから!

椛:ムフフ、ごめんごめん。もうしないからさ〜。

亜美:うっ……な、流れるように頭を撫でないでください……

椛:……ごめん、嫌だった?

亜美:いっ、いい、嫌ではないですけど……人目が……

椛:へぇ…人目がないとこならいいんだ。

亜美:ちっ、違……そういうわけじゃ……

椛:亜美ちゃん…本当はあたしに、なでなでされたいんでしょ。
  頭以外のところも、撫でてみよっか?

亜美:あっ……う……

椛:……部室、いこっか。

亜美:………はい……

椛:いやー、今日になって新しいお仕事が一気にドサーっと入ってきたからねぇ!
  人手が足りんのよ!戸橋ちゃんがいたら百人力だい!

亜美:……へっ?

椛:あたしのクラスメートも手伝ってくれてるんだけど、
  やっぱり多少の勝手が分かってないと効率がねぇ……
  あり?どしたの戸橋ちゃん。お耳赤いけど、お熱ある?

亜美:なっ、ないです!!
   まったくないです!!

椛:まったくないの!?

亜美:っていうか、それならそうと早く言ってください!
   私たちの仕事なのに、クラスメートの方だけにさせてるのアカンでしょう!

椛:いや〜、後輩との語らいが楽しくってつい!
  言い出す隙もなかったものだからつい!ついつい!

亜美:もう……ほら、急ぎますよ!

椛:はいは〜い。



- 学校 部室 -

亜美:お疲れ様です、先輩!
   この書類、チェックをお願いします!

椛:お疲れ様、戸橋ちゃん。
  もう定例的なお仕事ならスムーズにできるようになってきたよね〜。

亜美:ふふ、ありがとうございます。
   先輩のご指導のおかげですよ。

椛:あたしのおかげ…?
  それは、何らかの見返りを期待してもいいってことだよね…?

亜美:えっ……見返り、ですか。

椛:戸橋ちゃんとデートがしたい!!

亜美:は、はぁ!?

椛:戸橋ちゃんと休日デートで夏休み用の水着選びに付き合ってもらったり
  いっしょにちべたいスイーツ食べたり
  他愛もない世間話でだらだらおしゃべりしたいぞぉーうぉあぁー!

亜美:はぁ、まぁいいですけど……

椛:えっ……いいの?

亜美:いいですよ。実際お礼もしたかったし。

椛:えっと……ふたりの初めての思い出の夜を甘美に彩るための
  ちょっといい感じのホテル探さないと……

亜美:さっきまでの爽やかな希望の数々はどこに行きましたかね!?

椛:大丈夫、やさしくするからさ。

亜美:みっ、耳元でそういうこと…言わないでください……!

椛:はーかわいい。

亜美:ちょっ……えぇえ!?

椛:ふおおー!俄然楽しみになってきたぁー!今週の土曜日でいい!?
  あっ、ちょっと急すぎるかな!!来週の方がいいかな!?

亜美:あっ、ど、どっちでも大丈夫ですよ……

椛:じゃあ今週ね!うぉぉーすごく楽しみ!今週残り余裕で生きられる!

亜美:そんな大げさな……



- 駅ビル内 噴水広場 -

椛:楽しみすぎて待ち合わせの2時間前に着いてしまったよね……
  どうしよっかなー。ホモサピエンス・ウォッチャーもみじになろうか。
  あのホモサピは攻め確…あ、こっちのホモサピも基本攻めだけど不意打ち反転で強気受けっぽい。
  あぁーいいぞぉー。はかどるぞぉー。
  ほもほもにゃんにゃん、ほもにゃんにゃん〜っと……

亜美:えっ、あれ!?天堂先輩!?

椛:えっ早!?

亜美:なんでもういるんですか!?待ち合わせまで2時間もあるのに……

椛:まったく同じ疑問を戸橋ちゃんにも投げかけるよね!

亜美:私は、ちょっと近くの喫茶店で本でも読んで待ってようかと…
   もし先輩が早く来たら、待たせるのもよくないと思って……

椛:ええ子や……この子は天使や……

亜美:そ、そんなことより、先輩は何で?

椛:あたしはそりゃあもう、今日という日を至って極めて楽しみにしてましたからね!
  どんな事情があったとしても1分たりとも遅れるわけにはいかないと
  諸々のアクシデントを考慮して行動した結果、ついさっき到着したとこ〜。

亜美:どこかで計算間違えてる感ハンパないな!
   どれだけのアクシデントを考慮したらそうなるんですか……

椛:結果として遅れなかったからいいんです!
  待ってる間に通行人で脳内掛け算してるつもりだったし。

亜美:脳内掛け算……?

椛:あっ、まぁ、まぁ、それはいいじゃん!
  まだお店もあまり開いてないし、とりあえず近くの喫茶店いこ!

亜美:は、はい!



- 喫茶店 -

椛:えっ…待って、それ何?食パンに…あんこ?

亜美:小倉トースト…知りませんか?
   しょっぱいのと甘いのがすごく合うんですよ。

椛:めいっぱいかじりつくの可愛すぎかよ。

亜美:う、うるさいですよ……ちょっと食べます?



- デパート -

椛:戸橋ちゃんも水着買おうよ〜!

亜美:なんでですか!先輩の水着選びのためにデパートに来たんじゃないですか!

椛:あたしに一人で海に行けって言うの!?

亜美:友達と一緒に行くんじゃないんですか!!

椛:戸橋ちゃんもいっしょに海行こうよ〜水着買おうよ〜!

亜美:あぁもう分かりましたよ……



- 甘味処 -

椛:はぁ〜…眼福じゃった〜…

亜美:こちとらまさか、何十着も試着するなんて、思ってもみませんでしたよ……

椛:その甲斐あって、すっごく似合う水着みつけたんだからいいじゃないの!
  あの可愛い亜美ちゃんの水着姿を早く白い砂浜で拝みたいもんですなぁ……

亜美:ま、またそういう心にもないことを……

椛:心にないことは言えないんだよなぁ。

亜美:ほっ、ほら!もう分かりましたから、早く何食べるのか決めてください!



- 電車内 -

椛:はぁぁ〜…楽しい時間は矢のように過ぎていっちゃうねぇ……

亜美:先輩に楽しんでもらえたなら、良かったです。

椛:戸橋ちゃんは楽しくなかった?

亜美:う〜ん…いっぱい歩いたんで疲れましたけど、基本的には楽しかったですよ?

椛:なら良かった。あたしだけ楽しんでたらどうしようかって思ったよ。

亜美:そんなこと、絶対ないですよ。

椛:へ?なんで?

亜美:えっ?あっ……いえ、先輩と話してるだけでも、楽しいですし。
   こうして時間を共有できたのも、とても嬉しかったですよ。

椛:……あたしもだよ。

亜美:……はい!

椛:あぁ〜至高の癒しタイム終わっちゃうのかぁ〜!
  あっ、そうだ、夜の部もありますか?

亜美:残念ながらないですね〜。

椛:初夜は次回に持ち越しかぁ〜…

亜美:次回の保障はありませんけどね!?

椛:諦めない限り、いつか夢は叶うかもしれない!……っと、もう降りなきゃ。

亜美:先輩……今日は、ありがとうございました。

椛:こちらこそ。また週明けにね。

亜美:はい…また!



- 学校 部室 -

椛:ぬぉあーっ!あの先公めぇーっ!
  何喰わぬ顔でとんでもなく面倒い爆弾案件を落としていきおって…!!
  くそがぁーおらぁー!おーわったぁー!なんとか今日中に終わったぁー!

亜美:先輩、お疲れ様です。私ももうちょっとで終わりそうですよ。

椛:戸橋ちゃんもお疲れ様〜!ホントに助かったよ〜戸橋ちゃん〜!

亜美:天堂先輩のお力になれてたなら、良かったです。

椛:ところで…二人っきりだね、亜美ちゃん?

亜美:へっ…!?そ、そうですね…!!?

椛:そこそこ親密度が上がった可愛い後輩と、夕方の部室で二人っきり。
  今日という日はただでは終わらない予感がするよね……

亜美:せ、先輩……近いです……

椛:そんなことないと思うけど……フフ、意識しちゃう?

亜美:い……いい加減にしてくださいよ…ッッ!

椛:おや、お気に召さなかった?
  でも亜美ちゃんのお顔…真っ赤ですよ?まるでリンゴみたい。

亜美:(鼻をすすり、涙ぐみながら)……先輩は、楽しいですか。そうやっていつも、私で遊んで。

椛:えっ!?あぁ〜…いや〜、楽しいっていうか…
  戸橋ちゃんと遊びたいのであって、戸橋ちゃんで遊んでるわけじゃないっていうか……

亜美:(泣きそうな声で)……遊んでるじゃないですか!
   いつもからかって、最後にはふざけてうやむやにして。

椛:……ごめん。たしかにちょっと、戸橋ちゃんの気持ちとか考えてなかったかもね。

亜美:……また、そうやって子供扱いして。
   頭撫でて、ごまかそうとして……

椛:子供扱いじゃないって。これはお詫び。
  我慢させてたの、気付かなかった。ごめんね……嫌な想いさせて。

亜美:……ッ!!

椛:おぁっ、戸橋ちゃンムッ!?(唇を塞がれる)

亜美:……ん……んっ、ふーっ、ぁむっ……

椛:……んん、んんっ!?んはっ、とばひひゃ…んんーっ!!?

亜美:……ん。

椛:はぁっ……はぁっ……はぁっ……!?

【ここから2人とも、しばらく荒い息使いのままで。】

亜美:……先輩。
   椛先輩は、いつも私の反応見て楽しんでるから、どこまで本気か分からないけど……
   私はこのままの関係でいたくないんです。
   椛先輩はそういうつもりじゃなかったとしても、私の本当の気持ちは伝えておきたいの。

椛:と……とばし……ちゃん……?

亜美:先輩……好きです。
   私は、椛先輩のことを私だけのものにしたい。
   そういう意味の……好きです。

椛:へっ……!?えっ、えっ……!?

亜美:……先輩?

椛:あっ、と、その……あたしは……

亜美:はい。

椛:戸橋ちゃんのことは好きで……

亜美:ええ。

椛:でも……その、そういう……あの……

亜美:……先輩。先輩の顔…真っ赤ですよ。まるで…もみじみたい。

椛:……っ、ごめんっ…今日は帰るね!!

亜美:あっ、先輩!!
   ……フフ、ほら。やっぱり駄目だった。
   分かってますよ。こんな感情、普通じゃないって。
   分かってたはずだけど……分かってたはずなのに、なんででしょうね……
   やっぱりつらいですよ……先輩……。



- 学校 部室 -

椛:あっ、戸橋ちゃん……

亜美:先輩、お疲れ様です。

椛:うっ、うん…お疲れ様。

亜美:……

椛:……なんか最近、こう…暑くなってきたよねぇ。

亜美:そうですね。

椛:もうすっかり夏って感じするよねぇ。

亜美:……そうですね。

椛:……

亜美:……すみません。

椛:んぉっ!?なっ、何が!?

亜美:さいきんまた……ミスが多くなってて。

椛:あ…あぁ〜、いいのいいの、チェックで気付けることだし。
  ある程度はミスありきなとこあるし、ホントにすごく助かってるんだから。

亜美:……すみません。

椛:……戸橋ちゃん、気にしすぎだって。

亜美:……今日は、帰ります。

椛:あっ………うん、お疲れ様!


亜美M:………勇気を出して、楽になることを選んだはずなのに……
    もう同じ日々に戻れないと分かってたはずなのに……
    先輩のやさしさに触れるたびに胸が詰まる。息が苦しい。

    これっぽっちも、楽になんてなれなかった。


椛M:本気の想いをぶつけられて、あたしは自分がしていたことの残酷さに気付かされた。
   戸橋ちゃんの弱みにつけこんで、弄んでいたんだ。
   安全な高みから一方的にいたぶって、嘲っていたんだ。

   わざとじゃない、気付いてなかった、なんて言葉で許されるなんて思わない。
   それでも、あたしはどうしても許されたかった。
   あのとき気付いたもうひとつの想いに、殉じたいと願ってしまったから。



- 学校 部室 -

亜美M:期末テストが終わって夏休みムードが広がる放課後。
    私はひとり、居残りで委員の仕事を片付けていた。
    先輩はいなかった。
    人気者の先輩のことだし、ご友人と夏休みの予定を組んだりしてるのだろう。

    夏休みの間ずっと顔を合わせなければ、諦めもつくだろう。

亜美:……これでいいんだ。

亜美M:仕事を終えた私は、そう独り言をこぼして戸締りをした。
    下駄箱を開けて、自分の靴を取り出そうとしたときだった。

椛:戸橋ちゃん!!

亜美:……先輩。

椛:ちょっとさ、話したいことあるんだけど……

亜美:……っ!!

椛:戸橋ちゃん、あのね……ってうそぉー!?ちょ、待って、何で逃げるーん!?

【ここからふたりとも全力疾走。】

亜美:ちょっ…こ、来ないでください!もう下校時間ですよ!!

椛:すぐ終わるから!!何もしないから!!先っちょだけだから!!!

亜美:話したいんじゃないんですか!!先っちょだけって、な、何する気ですか!!

椛:いや、ごめん間違えた!話したいだけだから!!

亜美:私には、話すことないです!!

椛:ああ〜もう、このまま話すから聞いてよぅ!
  あのね、あたしっ、戸橋ちゃんが、想いを伝えてくれた日に、
  すごく失礼なことっ……してたんだって、分かったのっ!!

亜美:……!?

椛:本当に好きでもないのに、思わせぶりなことして…あたし、本当に最低だったと思う!!

亜美:そんなの…先輩に構われて、私が勝手に自惚れただけです!!
   それに、好きじゃなかったんならもう、話すことなんてないでしょう!!

椛:ある!!!

【ここで袋小路。二人とも足を止める。息を切らしながら。徐々に整えて。】

亜美:………何、ですか。

椛:あの日…戸橋ちゃんが、想いを伝えてくれた日…あたし、逃げたよね。

亜美:……それは、私が先輩のこと好きだって聞いて……
   急に、キス……とか、したりしたから、私のことが気持ち悪くなったから……

椛:違うよ。

亜美:……じゃあ、なんでですか。

椛:あたし、自分の気持ちがぐちゃぐちゃで、何も分かんなくなって逃げたんだよ。

亜美:……

椛:自分がしたことの「しょうもなさ」に、戸橋ちゃんの言葉で気付かされて、
  そんなしょうもない自分を見透かされたみたいだった。

亜美:そんなことは……思わないですけど……

椛:それから…それと同時に、あたしすごくドキドキしてた。

亜美:……ドキドキ、ですか?

椛:その時はぐちゃぐちゃだったから、後で整理して気付いたことだけどね?
  だから、その……えー、戸橋ちゃんにキス、されて、その……
  ぜんぜん嫌じゃなかったというか、むしろ嬉しかったというか……

亜美:……!!

椛:遅くなったけどさ。
  あたしも戸橋ちゃんが……亜美ちゃんのことが、好きだよ!!
  亜美ちゃんのことを、あたしだけのものにしたい……そういう意味で!!

亜美:……先輩……私、女です。

椛:知ってる!

亜美:先輩、いつも誰彼構わず口説いてるし……

椛:最近口説いてなかったよ!もうしないし!!

亜美:女性同士って、結婚…できませんよ……?

椛:いい!できなくても一緒にいる!!

亜美:周りからも……んっ、(唇を塞がれる)

椛:……(触れた唇をゆっくり離し)………付き合って。

亜美:(とてもとても嬉しそうに)…………はい。



椛M:草花萌ゆる春の香を吸った梅雨は、服に張り付いて湿やかに。

亜美M:床へ落ちた刹那、波紋は共鳴。
    熔けそうに強烈な熱を連れて、絡めた指の先から長い夏がやってくる。



- ビーチ -

椛:白い砂浜!まぶい太陽!空色の空と、海色の海ィーッ!!

亜美:先輩!人がいっぱいいますから!!

椛:「思春期まっただ中に訪れた恋人と過ごす夏休み」という
  今しか味わえない期間限定フルーツパフェのような甘い時間を
  すこぶる有意義に過ごすべく二泊三日で海デートじゃあぁー!!
  ヨッシャーーーーオラーーーーーー!!!

亜美:待ち遠しかったのは分かるけど、
   衆人環視の中でそういうこと叫ぶの、恥ずかしいからやめましょう!?

椛:ふふ〜ん恥ずかしくないも〜ん、ホントのことだも〜ん♪
  亜美ちゃんと二人っきりで、二泊三日のシークレットなランデブーだも〜ん♪

亜美:浮かれてるなぁ……

椛:亜美ちゃんは浮かれないの?もっと浮かれようよ〜!
  夏のビーチで花の女子高生がキャッキャウフフしないなんて最早ギルティだよ!

亜美:キャッキャウフフしないだけで有罪にされるの、相当不憫ではなかろうか!?

椛:亜美ちゃんのかわいさが罪深いから仕方ないよね。
  はぁ〜やっぱその水着いいわぁ〜。

亜美:う…あ、ありがとございます……

椛:うぉぉぉーーー脱がしてぇーーー!!

亜美:やめなさいってば!ヌーディストビーチじゃないですからね!?
   ふつうに逮捕されますから!!

椛:それは困るのでおとなしくいたします。

亜美:はい、よろしい。

椛:脱がすのは、旅館のお部屋で……夜になってからのお楽しみね。

亜美:なっ、な、何を言ってますかね!?

椛:えぇ〜?駄目なの〜?

亜美:だ、駄目というか、その……

椛:それとも……夜まで待ちきれない?

亜美:も…椛先輩、近い、ですって……

椛:ねぇ亜美ちゃん……もうお部屋、いっちゃおっか。

亜美:まっ、またそうやって……

椛:…今度は本気なんだけどな。

亜美:うぅぅ〜……駄目っ!!

椛:むぁーっ!?おぁーっ!!
  あぁ…海水でビショビショにぃ……

亜美:海水でビショビショになるための水着ですからね!
   せっかく海に来たんですから、たくさん遊びましょうよ。

椛:うぅ、亜美ちゃんに拒否されたぁ…思ってたより好感度あがってなかったお……

亜美:……まだお昼ですし、その…時間はいっぱいありますし?
   夜だって、二人きりでいられるわけだし……

椛:おっ?

亜美:のっ、覗き込まないでください!!
   私だって、その……すごく、楽しみにしてたんですからね?

椛:よし!!!お部屋いこう!!!!!!

亜美:人の話聞いてましたか!?



- 旅館 客室 -

(二人ともしばらく呆けたような感じで。)

椛:ハァアー……いい湯だったぁー……

亜美:温泉って久しぶりだったけど、露天ってやっぱりいいですよね。
   自然と調和してる雰囲気とか、あと湯気の甘いにおいとか。

椛:風情があるよねぇ。
  しかも恋人とイチャコラしながら。風情があるよねぇ。

亜美:風情とは。
   もう…比較的 人が少なかったから良かったですけど、
   危うくのぼせるとこでしたよ……

椛:おぐしを上げてる亜美ちゃんのうなじ破壊力ありすぎ問題。

亜美:お湯につけるわけにはいかんでしょう。

椛:お客さん少なくて良かった…
  多かったらその色気に あてられて倒れる人が続出してたね。

亜美:続出しませんから。

椛:あはぁあぁ〜…いま思い出してもクラクラと……
  という流れで亜美ちゃんのおひざを貸して頂くのはアリでしょうか。

亜美:いいですよ〜。私のおひざなんかでよければ。

椛:なんと謙虚な最高級枕。

亜美:何を言っているのやら。

椛:んん〜、亜美ちゃんの香り……

亜美:温泉の香りでしょう。それかせっけんの香り。

椛:いやいや、これはたしかに亜美ちゃんの……

亜美:ハイハイ。

椛:あぁぁ、いなされつつ癒されるぅ……

亜美:まったくもう。……椛先輩?

椛:はぁい〜?

亜美:先輩は、その……後悔とか、してないですか?

椛:この天国であたしゃ何を後悔すりゃいいのか〜。

亜美:いえ、なんというか…私に合わせて無理してないかな、と。
   私と付き合い始めたことで、その…いろいろ。

椛:あぁ〜……?ほほぉ〜……?

亜美:……や、何かすみません。
   私も何言ってるのかよく分かんなくなってきました……

椛:つまり、あたしの友人関係とかを気にしてくれてるのかい?

亜美:…察しが良すぎやしませんか?

椛:人気者で周囲から慕われてて、特に仲のいい友人もいるのに、
  夏休みに入ってからも起きてる時間は自分とばかり絡んでるから、
  先輩が友人たちの輪から孤立しちゃうんじゃないか……
  ってな感じのことを、亜美ちゃんなら考えちゃうのかな〜って。

亜美:察しが!良すぎや!!しませんか!!?

椛:あってるんだ?

亜美:う…はい。
   私って、そんなに分かりやすいですかね?

椛:そんなことないよ〜。
  あたしが亜美ちゃんのことばっか見てるから分かるのかもね。

亜美(照れ隠しっぽく):へぇー…そうなんですね……

椛(胴を抱き):はー!!かわいいねぇ!!!

亜美:からかわないでくださいってば!!

椛:からかってないよ。
  あたしは今、亜美ちゃんとの時間を過ごしたいからそうしてんの。

亜美:……でも。

椛:それにねぇ〜…友達にも言われちゃったしねぇ〜…

亜美:何をです?

椛:それは絶対、恋人を優先しなさいって。

亜美:…………は?

椛:いやね?あたしもそんなさかったニャンコじゃないんだから、
  四六時中チュッチュもキャッキャも
  アハンもウフンもしないからって言ったんだけどねぇ?
  相手があの後輩ちゃんなら付き合い始めマジ絶対大事だからとか、
  親友に野暮なこと言わせんな恥ずかしいとか……

亜美:ねぇ待って!?ちょっと待って!待って!

椛:あ、はい?はい?

亜美:ちょっと!ちょっと!?

椛:えっ、なになにどした?どした?はい!

亜美:えっ……ご友人の皆さま、ご存じなので……?

椛:おん?

亜美:その…椛先輩と、私が、

椛:うん。全員じゃないけど、割と仲いい子には〜。

亜美:え…えぇぇ……

椛:えっ、駄目だった……?

亜美:だ、駄目というか……胃が…うぅぅ……

椛:いやさぁ〜そんな胃を痛めることないってばさ〜。
  そりゃあ「ん?」って顔する子もいたけどさ〜。
  その子にはあたしも「お?」って言い返しといたから。

亜美:いや分かりませんて。
   何ですかその、つうと言えばかあ、みたいなメンチの切り合いは。

椛:だから、「ん?相手女の子っすか?そっちっすか?」に対して
  「おぉんテメェあたしの天使の魅力27時間耐久コースで語り尽くして
   愛で地球を救ってお前もサライの空にしてやろうかオォー!?」ってことやん?

亜美:あぁ…はぁ……

椛:椛先輩の言ってることたまによく分かんないなって顔。

亜美:いや、なんとなくは分かりますけどね?
   威嚇が面白い感じになってるせいで相手に趣旨が伝わってないのでは、と心配をですね…?

椛:さすがにフィクションですよん。
  実際はもうちょい真面目な言葉で伝えてるよ〜。

亜美:えらいです。

椛:せやろ?

亜美:……私も、ちゃんと言った方がいいですかね?
   一応、仲のいい幼馴染みとかいるんですけど。

椛:あぁ〜…別に無理しなくてもいいよ?
  あたしもなんか嬉しくなって舞い上がって、
  誰かに言いたくなって言っちゃった系なだけだから。

亜美:でも……

椛:……亜美ちゃん、亜美ちゃん。

亜美:はっ、はい?

椛:ちょっと目閉じて。

亜美:……え、いいですけど何で?

椛:あたしのこと考えてクヨクヨしてくれてる亜美ちゃん見てたら、
  ムラムラしてきてキッスしたくなったから。

亜美:な゛!?

椛:駄目なのかぁ…?

亜美:駄目では…ムグ。(唇を塞がれ)

椛:………んっふっふ。

亜美:…も〜み〜じ〜せ〜ん〜ぱ〜い〜?

椛:は〜あ〜い〜?

亜美:てやっ!!(抱きつく)

椛:ぬぉう!?唐突の大胆!!

亜美:…好きですよ、先輩。すごく。大好き。

椛:しょ……しょっ……

亜美:しょ?

椛:……初夜する?

亜美:何ですかその斬新な動詞は。



- 旅館 客室 -

椛(寝息):………。

亜美:椛先輩……寝ちゃいましたか?

椛(寝息):………。

亜美:……寝てるとホント美形だな。
   ふだん喋ってるときが残念すぎていつも感じないけど。
   
   …なんで私みたいなのと付き合ってくれてるのか、すごく不思議ですよ。
   今だって、実は弄ばれてるんじゃないかって思うくらい。
   
   …先輩は覚えてないでしょうけど……
   去年の学祭のとき、一度会ってるんですよ、私たち。

   私が他校の学生たちに絡まれてたのを、
   先輩がたった一人で飛び込んできて、助けてくれたの。



- 回想 体育館裏 -

椛:まったく寄ってたかって何やってんだか…これだから男子校のおさるさんは。
  かわいこちゃん口説くならジェントルメンに進化してから出直してこいってのよ。

亜美:あ、あの……

椛:おっと、だいじょぶ?怪我ない?飴ちゃん食べる?
  あ、さっきあの猿共に「ぶつけんぞ」って脅しに使った
  ソースたっぷりのたこ焼きもあるよ?

亜美:あっ、えっ、と…

椛:ああっ、やばい、時間が!?
  もう行かないと!ほい、これ全部あげる!

亜美:えっ、あっ、えっ!?

椛:あまりお構いできなくてごめんねぇ!楽しんでってねぇ!
  あっ、ついでに、後でライブやるから、
  もし時間あったらあとで体育館見に来てねぇ!

亜美:あっ、あっ……

椛:シーユー!かわいこちゃーん!



- 旅館 客室 -

亜美:……あのときからずっと、椛先輩は私のヒーローなんですよ。
   先輩と同じ学校に通って、先輩と同じ委員会に入れた。
   それだけで私は、すごく嬉しかったから……
   
   今こうして、ふたりきりで手をつないでいられるなんて。
   こんなに幸せな時間を過ごしているなんて。
   本当は……夢でも見てるんじゃないかって思っちゃうんですよね。
   私が気付いていないだけで、現実はもっと孤独で、痛くて、苦しいかもしれないって。
   
   ……なんて。
   まだ夏は始まったばかりなのに、なんで終わりのことばかり考えてしまうのか。
   今に始まったことじゃないとは言え、もっと前向きに考えなイカンですね……

椛:……。

亜美:……ふふ、分かってますよ。この幸せは夢じゃない。
   夢にしたりしませんから…ずっと、となりにいてくださいね。

椛:……。

亜美:……おやすみなさい……私の椛さん。

椛:……。

亜美:……。

椛M:……やっばい……寝たフリって言い出せんかった……



- ビーチ -

亜美M:おまけその1!

椛:ひゃあ〜!ふおぉ〜!!
  亜美ちゃんと海デート最高じゃあ〜〜!!

亜美:思ったより人が少なくて良かったですね〜。

椛:まだ7月だし、社会的には平日だもんね〜。学生の特権!

亜美:あぁ…そういえば、オトナになったら夏休みなんてないって言ってたなぁ。

椛:そうだぞ〜ないぞぉ〜。

亜美:えっ…?

椛:えっ?ごめん!今ちょっと、人生に疲れた社会の犬の生き霊が乗り移ってた!!

亜美:言い方!!先輩、言い方!!!



- ビーチ -

椛M:おまけその2!

亜美:ところで、キャッキャウフフしなかったらギルティって、
   何の罪に問われるってんですか?

椛:えっ?えーとね……

亜美:……

椛:ビーチサイドで……ビーチの彩度を下げた罪。

亜美:……椛先輩って、ホント中身オヤジですよね。



- ビーチ -

椛M:おまけその3!

亜美:……まだお昼ですし、その…時間はいっぱいありますし?

椛M:ますのおすし…

亜美:夜だって、二人きりでいられるわけだし……

椛M:あわせ出汁…

亜美:先輩、よだれよだれ。

椛:よだれ鶏……あぁぁ……

亜美:…先にお昼ごはんにしましょか。

椛:さんせーい♪



- 旅館 客室 -

亜美M:エピローグ。

椛:夏の朝の早さに負けてる場合じゃねぇぞ〜!
  グッドモーニング!またはグモング!!

亜美:おはようございます…
   なんかモグラの怪獣みたいなネーミングですな…

椛:いいねぇ…寝起きの亜美ちゃんもセクシーでハレンチ……

亜美:誰がセクシーハレンチですか。

椛:あたしにとってはセクシーハレンチですとも。えぇ。

亜美:……先輩、昨日って起きてました?

椛:おふっ!?お、起きてないよ!?
  いや、起きてたけど、その後寝たし、何も聞いてないよ!?

亜美:やっぱり起きてましたか。

椛:くっ…なぜ分かった…さては貴様、エスパーか!!

亜美:起きてました?って聞いただけなのに反応がなんかアレだったのと…
   あとなんとなく、途中から手を握る力が強かった気がして。

椛:ハイ残念、自分の落ち度でした!!

亜美:……聞いててくれて、ありがとうございます。

椛:え?聞いてて良かったの?

亜美:そ、そりゃあ、恥ずかしいのは恥ずかしいですけど……
   でも、先輩だって聞きたいから黙ってたんでしょう?

椛:……亜美ちゃんもたいがい察しが良すぎやしませんかね。

亜美:ふふん……さいきんはずっと先輩と喋ってますからね。

椛:むむむ…でもさ、亜美ちゃんも言いたいことがあるときは、言ってくれていいからね?
  あたしもつい、ふだんからドバーッて喋っちゃうけどさ……
  だけど、亜美ちゃんのことだってもっと知りたいし、いっぱいお喋りしたいからさ。

亜美:ん〜…どうしよっかなぁ。

椛:いつの間にそんな小悪魔的じらし技を身に付けて―――!?

亜美:まぁ…私のことは知ってほしいですけど、
   楽しいことばかりでもないですから…ちょっとずつ聞いてくださいな。

椛:あーそーゆーことね完全に理解した。

亜美:……分かってます?

椛:とりあえず朝ごはんでも食べながら、
  亜美ちゃんについて根掘り葉掘りタイム行ってみましょー!
  「水のように優しくコース」と「花のように激しくコース」、どっちがいい?

亜美:水のように優しくお願いします。


椛M:始まったばかりの長い夏の中、空を仰いで海にたゆたう。

亜美M:その青さに急かされてなお、少しずつ。
    一歩ずつ時間をかけて、私たちのペースで。










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